記事雑感:なぜデマを信じるのか

フェイクニュースが流行する中で、どう陰謀論に接していけばよいのか?
AERAの2018.4.16号の記事が参考になるので、感想をメモメモ。
詳しくは「陰謀の日本中世史」呉座勇一(角川新書)を参照。

 

陰謀論は分かりやすい。複数の要因を一つの原因に決めつける(単純化)。現実を多くの史料を基に紐解くと大変だが、陰謀論なら1冊読めば一気に分かりやすくなる(と誤解する)。
 → 「分かりやすい」が求められる風潮にマッチしてる。歴史に学ぶというスタンスではなく、知っているアピールのために歴史を使うスタンスならコスパが良いと考えちゃうんですかね?

 

■特定の人・組織が考えたプロット通りに動く図式に爽快感を覚えやすい。実際は各々の人物が相手の動きを予想したり、動きを受けて対応したりする。現実はパズルのピースがはまるような爽快感は無い。
 → 上と同じく、学ぶより知っているアピールに使う人なら、こういう爽快感のある説明はウケが良さそうですね。

 

陰謀論がハイレベルな印象を与える場合があり、高学歴・知的レベルの高い人でもはまってしまう危険性あり。+自分は報道を鵜呑みにせず、真実を掴んでいるという優越感に浸ってしまう。

 → 突如そっち側に行っちゃったと呼ばれる人とか、なぜか陰謀論的な話を基に出版しちゃう人文系以外の学者とか、いますね。

 

陰謀論を否定する説は地味で面白くない。陰謀論はフィクションとしては楽しめるが、真実と切り離して考えるべき。

陰謀論の論理展開はパターン化されている → 過去のいくつかの事例と比較して類型か否かを考える。よくあるのは、加害者と被害者を逆転させるパターン;(例)「アーリア人ユダヤ人から搾取されている」と唱えたナチスの陰謀。

■自分の主義主張に都合の良い説が出てきた際に疑えるか・一呼吸おけるかが重要。

  → これはぜひ覚えて、情報に接する際に取りたい姿勢です。